私のホームページ作成ヒストリー4

A103_020数日後、ゲームは完成した。20.414キロバイト。20キロバイトというのは厳密には20×1024=20480バイトだ。ぎりぎりまで軽量化に軽量化を重ね、何とか「単なるピンボールゲーム」ができ、掲載された。ところが、数日後、ほっとしたのお束の間、メディア担当が血相を変えて冷酷部長の前にやってきたのだ。「部長、このバナーのクリック率、33%もでてますよ!」それを聞いた部長は例によって疾風のごとくやってきて、私の前に立ちはだかった。やばいと思った。でも部長のセリフは予想外のものだった。「来月から君は週3ではなく週5にしよう」一般にバナー広告のクリック率が平均で0.1%程度だということは後になって知った。つまり、あの「うざい看板」は1000人に一人しかクリックしないものなのだ。そこになぜかあのピンボールゲームバナーが330倍もの数字をたたき出してしまった。それ以来その枠は、必ずゲームバナーが入ることとなり私にも自分の仕事というものが生まれたのだった。それから半年間、、私はゲームバナーを量産し続けた。エアホッケーゲーム、盗塁だけの野球ゲーム、漫画のコマに集中線を引くゲーム…。相変わらず広告のことはまったく理解しないまま、目の前にあるゲームをいかに面白く作るかということだけに没頭した。ゲームバナーのクリック率は10%を下回ることがない。私は「ゲームが面白いからだ」とほくそえんでいた。実際には200×600ピクセルという今までにないバナー広告のサイズ、エンターテインメント色の濃いタイアップ記事とのマッチングがこの数字を生み出していた。そんなある日、疾風部長が性急に言った。「君、カンヌに行ってくれ。」カンヌ国際広告祭のことだ。その中のあるイベントに参加しろ、という。カンヌ・ヤングクリエイティブ・コンペティションだ。28歳以下のアートディレクターやコピーライターが各国代表として参加するこのイベントでは、参加者に対して「こういう広告を作ってほしい」というテーマが会場で出題される。例えば、水質汚染やHIV、貧困、戦争、飢餓、といった世界的な公共問題について、クライアントが実際に会場にやってきてブリーフィング

をするのである。これを24時間以内にやるのである。